今日は朝から、ニッシーのお父さんの命日が2月11日なので、お墓参りに行かないといけないとニッシーが言うので、京都まで電車に乗ってお墓参りに行った。天性寺の前で待ち合わせて、ニッシーの妹さんと3人でお墓にお花を添えてお参りした。義母は仕事があってこれなかったのだが、その後妹さんが親戚のおっちゃんが腰を悪くして入院してるからこれからお見舞いに行く、と、言うので、大丸でさば寿司と、虎屋の羊羹を買って3人でバスに乗って病院まで行った。おっちゃんは病院の飯がまずいから食欲が無いといっていたけど、妹さんとはよく喋っていた。私は余り面識が無かったので、お茶を出すのを手伝ったぐらいで、お大事に。。とかいって帰ってきた。京都駅の方までバスに乗って戻り、ニッシーの家の方に行くと、義母が居て、今日は昼ごはん用意してないから、ラーメンでも食べに行こう。と言うので3人でラーメン屋に入って餃子セットの味噌ラーメンを食べた。それからお坊さんが来て、念仏をあげていたので正座していたけど、ニッシーの実家の犬は馬鹿犬だからお坊さんが来ている間中ワンワンほえてうるさかった。一通りお経が終わりお坊さんがペットの話などいろいろしていた。お坊さんに私は10年以上も前(ニッシーと知り合う前)から、日曜日は近所の教会に通い、最近は英会話で牧師さんとも同席するし、アンバリンのバイブルクラスにも参加しているし、ゴスペルの会にも行っているので、キリスト教に入ろうかと思うのですが。いいでしょうか?と聞くと、義母がうちの家は先祖代々浄土宗だし、先祖の供養もしないといけないし、ニッシーは長男だから家を継がないといけないからあかんといわれた。教会に近所の人が皆行っているならいってもいいけど、洗礼だけは受けたらダメといわれた。
それから電車でまた西ノ宮駅まで戻ってきて、二人でスターバックスで本日のコーヒー(クリスマスブレンド)を飲み、西宮のアミティホールに向かった。今日は、教会の、阪神クリスマスフェスティバルだから始まる前たくさん人が並んでいた。私はデジカメとテープレコーダーをセットしてわくわくして待っていた。
阪神クリスマスフェスティバルが始まった。初めに教会の連合聖歌隊の人が歌を歌って、その後挨拶があり、また聖歌隊の人が『すばらしい主の愛』を歌った。この曲は以前教会で紹介されて、オンギジャインのコンサートに行ったのだが、そのときにも歌ってもらった歌で、私は好きなのだ。そのあとは以前武庫川教会でお揃いのベストを誰かがこしらえてくれて皆で、賛美歌や、英語の歌も練習していて、アンバリンやNMさんも練習していたのだが、その曲になった。『何処まで歩いてけば、赤ちゃんに会えるの?』と、歌っていたのは『カリプソ、クラッキングキャロル』と言う曲、英語でなんか歌っていたのは『クラウン、ヒム』と言う曲らしい、両方とも良かった。そのあとはキッズダンスチームが出て、アップテンポでかっこいいダンシングを見せてくれた。現代風だなあと思った。こんなかっこいい子供がたくさん生まれてくるといいなあと思った。曲目はThe real meaning of Chrisutmasと、Harrejyah!だった。
皆で、手をたたいてダンスで盛り上がった。その後献金があって、鹿島アントラーズの大ファンの家庭のの難病の子どもが臓器移植の手術を受けるために、1億3千万ほど必要になって、両親にはそんなお金が無いんだけど鹿島アントラーズの献金でお金が集まって、人の命が助かったんだよと、言う話があった。1億3千万と言うと全ての日本人が1円ずつ寄付しないと集まらないお金だというので、うちも、お金は無いけどニッシーと私で2円ずつでも寄付しとこうと思って、喩え4円でも、全ての人が1円ずつ寄付すると1億5千万になるので、ないよりましだろうと思って封筒が回ってくると4円寄付した。喩え幾ら献金しようとも神様の愛と言うのはお金では買えないのだが。
そのあとは、いよいよメインスピーカーの小坂忠牧師の出番だった。この間の武庫川教会ではメッセージが多くて、余り曲はやってくれなかったのだが、今日はギターを持ってたくさんの歌を歌ってくれた。1976年にクリスチャンになって78年にミクタムレコードが設立されたそうだ。日本を代表とするゴスペルシンガーであり、牧師でもある小坂忠先生。
1曲目は、曲名は知らないのだがhareruya peaple I love peaple~とか歌ってて、結構気持ちよかった、。2曲目は、『君はす・ば・ら・し・い』こないだ教会で買ったレコードの曲だな。。
君が歌わないなら、誰がイエスに歌う~と言うところが、なんかいいなあ。と、思いました。たとえ私がくじけて倒れそうでも、神様は私の味方なんかしら?
小坂さんは、ホスピスに行ったりして、驚くばかりの恵みと言う曲を弱りきった患者さんと一緒に歌ったそうです。その方は人生の最後の日だと言っていて、一週間後になくなったそうです。I’m live with youと言う曲を次にしたみたいなのですが、どんな曲か知らないので I'm leaving youと、聞こえてしまうのだった。そうすると、神様は、自分から去っていくのかしらとか、へんなことを考えたりしていたのだ。カセットテープが120分テープだったので途中で切れてしまい。そこから先は録音されていない。記憶に拠ると、その後小坂さんは、精神病院にたずねて言ったときのことの話をされ病院の2重ドアの中に入り、窓には鉄格子がはめられているところに行って、患者さんに受けようと思っていろいろ努力したけど、誰も小坂さんの話を聞いてくれなくて、悩んだ結果、何が入っているのかよく分からない皆が持ってるコップの液体を飲んだとかいっていた。その勇気が認められたのかコンサートは成功したそうだ。私も兵庫医大に突然入院させられたとき着の身着のままでいきなり二重ドアで鉄格子のところに入れられて、親も怒っていて、歯ブラシとシャンプー持ってきてといってもいや、と言って持ってきてくれないし、コップ持ってきてといっても使い捨ての紙コップしか持ってきてくれないし、着替え持ってきてといっても上着とかばかり一杯盛ってきて、パンツと靴下持っててきてくれないし。気がきかない親だな。と、思って、一週間に一度のお風呂の日に、他の患者さんにすいませんシャンプーかしてくださいとかいって借りたりして恥ずかしかったので、それに携帯もアクセサリーも取り上げられたので、こんな狭いところにお風呂も入れず3ヶ月も閉じ込められて我慢できるか!と言って怒っていたのだが、先生に文句を言うと鎮静剤を打たれて、隔離室に入れられるし、よく見ると周りの人は、車椅子だったり、寝たきりでおしめだったり、看護婦さんがかいがいしく看病していたりしてたので、それに、親も私がそんなとこに入れられるのは甲子園のダイエーで500円の貯金箱を万引きしたりするからだ。家の本屋の店番しかしてなくて、実家の料理を毎日作っていただけなのに、そんな悪いことをするなんて許せないといって怒っているので、私も、自分のことばかり考えずに、他の人の為に働くとか他人に優しくしたらどうなのか。とか、深く反省して、ホームヘルパーの資格も取ったのだが、障害者だという事を話すと仕事をさせてもらえないような気がして、未だ、精神病院に通っている。自分が悪いことをしたらどうなるのかと思うと怖くて、もう精神病院に入れられたくないものだから、あれからダイエーにも余り行っていない。生まれたときから、親に悪い子、悪いこと言われて、一度もほめられたことなんかない。通知表でオール5をとったらほめてくれるかと思って頑張ってとったけど、親は何だこんな通知表とかいってびりびり破いて捨ててしまった。自分の努力は何をしても誰も認めてくれなかったような気もする。だから、自分はどうせ何をしても怒られてばかりで、いじめられたり無視されたりするだけなんだ。と、思い。高校生になると、親は勉強しなさいといって怒っているのにムーンライダーズの物まねばかりしていて、余計に怒らせてしまった。大学に行くと東大に行かなかったといわれて家を勘当されて、教師にならなかったといわれて、卒業後は責められる。
なんとなく、やる気が無いので、もう外国に行くなんてとんでもないと!パスポートを親に取り上げられたので、病院の先生もニュージーランドなんか行ったらダメ、クライストチャーチに行くなんてとんでもない。と言って怒るので、諦めて、それなら家を出てマンションでも借りようか?と思い旅行資金をはたいてマンションを保証金を払ってしまい結婚して、ニッシーと一緒に住んでいる。しかし、ニッシーと結婚するとニッシーの家庭の問題でお父さんが亡くなったりして貧乏なうちの親がいろいろ葬式の香典を払ったり、卒塔婆を立てたりお金がかかるので、親に悪いことをしたなあ。と、思う。ニッシーのお父さんの葬式で700万円もかかったので、私達の結婚披露宴なんてとんでもないお金が出せませんといわれ、うちの親も、娘の結婚式なんか別に見たくないといっているので、友だちも一人も呼ばず、結婚したとも周囲に認められていない。私は10年前から教会に通っているけど、バイブルも研究しているけど、英会話でアンバリンとTK牧師と同席して近所の人も皆教会で知り合った人ばかりだけど、ニッシーの家柄は代々伝わる伝統的な浄土教で、ゆくゆくは、自分が供養をしないといけないし、義母に洗礼を受けてはダメといわれた。ニッシーのお母さんは、ニッシーが仏教を信仰するために、中学生から仏教の授業をとり、大学院まで大谷大学にニッシーを通わせて仏教に就いて研究させていたのでこれを改宗させるのはなかなか難しい。
うちの実家には仏壇もなく、特に宗教などには何も関心が無かったので、このような問題が発生するとは夢にも思っていなかったのである。元々私の家系は代々長生きでひいじいちゃんも98歳ぐらいまで生きてクリスチャンなので教会で葬式をしたけれども、おじいちゃんは私が3歳くらいの時に死んだので、余りあったことが無いけど、私の名前をつけてくれたのはおじいちゃんなのだ。でもそのときは浄土真宗だった。うちの両親と弟と私は何の病気もしたことが無く、私も精神病にかかるまでは何の病気もしたことがなかったので、宗教的なことは考えたことが無く、唯、教会のコンサートとかイベントが楽しいので、教会に通っていただけなのだ。でも、ニッシーのお父さんは68歳で亡くなったし、義母に言わせるとその家系は代々短命みたいだというので、子供の時になくなったりするとか言うし、それだと、困るなあとか思ったりしたのだった。またニッシーの親戚に何か不幸があったりして、うちの貧乏な親に迷惑がかかったらどうしようか。などと、いろいろ悩んでいた。
しかしその後、皆で歌うクリスマスキャロルの時間になり、『神の御子は』、『きよしこの夜』、『荒野の果てに』の3曲を熱唱して、やっぱり歌を皆で歌うと楽しいなあ。と、思って自分もやっぱり賛美歌詳しくなってきたじゃないか。と、最近思う。
家に帰ってくるともう9時半ぐらいだったので、なんか作ろうか、といったんだけど、ニッシーがおなかすいた。直ぐ食べれるものでいい。と言うので炊き込みご飯の冷凍していたのを解凍し、レンジで赤箱シューマイをチンして、ソーセージをフライパンでいため、サニーレタスをちぎって、えびすビールをどうぞと言って出した。
今日の公演で、感動したのは、愛するという事は何かを犠牲にすること。という事と、神様はこの世と言う物を愛されて作っているから、いい行いも悪い行いも全てイエスキリストが許してくれる。という事。それと人間の心の中にある闇の部分も神様が光で一杯にしてくれるんだよ。と言うところでした。小坂先生有難うございました。
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